東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)5321号 決定 1958年12月26日
申請人 荻原正
被申請人 大東京タクシー株式会社
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
申請代理人は「被申請人は申請人に対し昭和三三年一月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日に一ケ月金三五、一二九円の割合による金員を仮りに支払わなければならない」との裁判を求め、その申請の理由は、申請人は昭和三二年六月一一日被申請会社にタクシー運転手として雇傭されたものであるところ、被申請会社は同年一二月二七日申請人に対し経歴詐称を理由に解雇の意思表示をなした。
しかしながら、右解雇の意思表示は不当労働行為であつて無効であり、このことは申請人と被申請会社間の東京地方裁判所昭和三三年(ヨ)第四〇〇八号地位保全仮処分申請事件について、昭和三三年一〇月三一日、右解雇の意思表示が不当労働行為で無効であることを理由に申請人が被申請会社に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮りに定める旨の判決がなされたことによっても明かであるから、申請人は前記解雇の意思表示がなされた日時以後も被申請会社の従業員たる地位を有するものであり、被申請会社が同日以降申請人の就労を拒否しなければ、申請人は同日以前三ケ月間における稼動成績からみて一ケ月金三五、一二九円の割会による賃金を受け得た筈であるから、申請人は被申請会社に対し昭和三三年一月一日以降一ケ月金三五、一二九円の割合による賃金を賃金支払日である毎月二五日に支払を求める権利を有するものである。
よって、申請人は被申請会社に対し右賃金支払請求の訴を提起する予定であるが、申請人は賃金のみによって妻子四人を扶養して生活している労働者であるところ、被申請会社より解雇の意思表示を受けて以後暫く就職ができず、昭和三三年八月二一日に至り漸く東京都千代田区神田美土代町二六番地の七所在の申請外羽衣自動車株式会社に雇傭されたのであるが、臨時のため低賃金で、そのため莫大な借金を背負い生活は容易ならざる窮迫状態に陥つているので、急迫且つ著しい損害を避けるため本件申請に及んだというにある。
しかしながら、仮りに申請人がその主張の如き賃金請求権を有するとしても、申請人が昭和三三年八月二一日以降申請外羽衣自動車株式会社に雇傭されて勤務していることは申請人の自陳するところであり、申請人提出の甲第四号証によれば、申請人は同会社より毎月二五、〇〇〇円程度の賃金収入(手取額)を得ていることが疎明されるから、申請人が現在その生活を維持できないような状況にあるとは認められない。尤も同号証によれば、申請人には現在約二〇万円位の借財がありこれが返済の催告を受けていることが窺われるけれども、右事実を考慮しても、申請人に今直ちに本案訴訟において勝訴したと同様の保護を与えなければならない程緊急の必要があるとは認められないし、他にかゝる必要があることを認めるに足る疎明はないから、本件仮処分は結局その必要性を欠くものといわなければならない。
よつて申請人の本件仮処分申請はこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 柔原正憲 大塚正夫 伊藤和男)